・セドリック
「小公子」の主人公の名前。「青い鳥」といいこれといい、当時の日産は随分メルヘンが好きだったようだが、“Cedric”の響きがキャディラック(Cadillac)に似ているというのも理由の一つだったそうである。
セドリック(H130) 二代目セドリック。1965年にモデルチェンジしたモデル。 ヨーロッパ調の『フローティングライン』になるが、大きく立派に見えないデザインは不評であった。 そのため日産は一年おきにマイナーチェンジを行ない、特に上品すぎたリヤデザインを変えていく。ついに’68年にはドアとルーフ以外の殆どを変えるビッグマイナーチェンジを実施する。 手前の黒いボディが最初期、後ろが最終型。 ’66年型のテールランプはウルトラセブンのお馴染みポインター号に使用された(なぜか左右逆で)。 |
セドリック(230) 「私の〜」は4ドアハードトップが登場した時の広告コピー。尤もそう言って誘うのは、勿論メイドさんなどではなく二谷英明だったのだが。 メイドさんの持ちものとすればカスタムデラックスあたりが妥当かと思ったが、個人的好みで富士山型キャップが描きたかったのでGLに。 最初は2600GXの予定だったのだが2600だとエンブレムわかんないし。じゃあ2000GXで、と思ってよく調べたら2000のGXなんかないし。とほほ。 ボディカラーは当時販売されていた2ドアHTのプラモの印象で。実車にこんな色があったかどうかは不明。 |
・グロリア
現在でこそセドリックの相似車種に成り下がっているが、かつては高性能を誇るプリンスのフラッグシップモデルであった。
日本で最初に4灯ヘッドランプを採用したのもプリンスグロリア(と、兄弟車だったプリンススカイライン)。
三代目グロリア(PA30、いわわるタテグロ)は日産と合併した後のデビューだったが、すでにプリンス陣営での開発が終了していたため、エンブレムのみニッサンにして発売された。完全な日産製になるのは四代目(230系、セドリックとしては三代目)から。
プリンスグロリア スーパー6(S40) 描いたのをキレーさっぱり忘れていた一枚。そうとう前に描いたものだが、なかなかカッコよい。 二代目はフェンダーの稜線に沿って車体を一周するモールが特徴で、「ハチマキグロリア」と呼ばれる。 |